東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4438号 判決
原告 日本コッパース有限会社
右代表者取締役 ヘルマン・ムーライ
右訴訟代理人弁護士 牧野良三
被告 株式会社住友銀行
右代表者代表取締役 磯田一郎
右訴訟代理人弁護士 山根篤
右同 下飯坂常世
右同 海老原元彦
右同 広田寿徳
右同 竹内洋
右同 馬瀬隆之
右同 高橋勲
右高橋勲訴訟復代理人弁護士 渥美博夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二億九四四七万六二六三円及びこれに対する昭和五四年四月一六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告(以下、原告会社という)は、昭和三五年一月一三日に設立された西独クルップ・グループに所属するコークス、石油、化学、製鉄工業関係等各種プラントの設計、施工、管理等を営業目的とする有限会社である。
2 原告会社は、被告銀行虎ノ門支店(以下、被告銀行という)に対し、別紙預金目録記載のとおりの内容で定期預金五口総額三億二〇〇〇万円を、同目録記載の各日に預け入れた。
3 右各定期預金は、右目録記載の日にそれぞれ満期に達したので、原告会社は総額三億二〇〇〇万円の定期預金元本の返還請求権及び右元本に対する各満期までの利息金合計一三四七万六八二四円の利息金支払請求権を有する。
4 よって、原告会社は、被告銀行に対し、右各定期預金元本総額金三億二〇〇〇万円及び右利息一三四七万六八二四円合計金三億三三四七万六八二四円のうち、被告銀行から弁済を受けた金三九〇〇万五六一円を差し引いた残額金二億九四四七万六二六三円及びこれに対する右各定期預金の満期日が経過した後である昭和五四年四月一六日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実をいずれも認め、3の(ママ)うち、被告銀行が原告会社に対し三九〇〇万五六一円を支払ったことは認めるが、その余の事実を争う。
三 抗弁
A 貸金債権等との相殺
1 自動債権
(一) 訴外松井由雄(以下、松井という)は、昭和五二年一一月二九日、原告会社のためにすることを示し、被告銀行より金二億円を、次の約定で借り受けた。
弁済期 昭和五二年一二月一〇日
利息 年五・五パーセント
(二) 松井は、同五二年一二月一日、原告会社のためにすることを示し、被告銀行より金七〇〇〇万円を右(一)と同旨の約定で借り受けた。
(三) 松井は、同年一二月二六日、原告会社のためにすることを示して被告銀行との間で、前記(一)、(二)の貸金債権をもって、金二億七〇〇〇万円の消費貸借の目的とし、利息を年五・五パーセントとすることを約した。
(四) 松井は、同五三年一二月三〇日、原告会社のためにすることを示して被告銀行との間で、前記(三)の貸金債務の弁済期を同日限りとする合意をなした。
(五) 松井は、同五四年一月二〇日、原告会社のためにすることを示し、被告銀行より二〇〇〇万円を次の約定で借り受けた(以下、これと前記(一)ないし(三)の借り受け行為を含めて、本件各消費貸借契約、本件貸付若しくは本件借入という)。
弁済期 昭和五四年二月六日
利息 年三・二五パーセント
(六) 被告銀行は、同五四年一月二〇日、原告会社のために印紙代金一〇〇円を立替えた。
2 本件借入についての松井の代理権ないし表見代理の成立
(一) 代理権の授与
原告会社は、右金銭消費貸借契約に先だって、原告会社の経理部長であった松井に対して、その代理権を与えていた。
すなわち
原告会社は、昭和四五年七月二八日、被告銀行に対し、当時原告会社の経理部長であった松井を被告銀行との取引行為一切を行う代理人として選任した旨の代理人選人届を提出した。この代理人選任届には、「当方は右記のもの(松井)を貴行との取引行為一切を委任する代理人として選任しましたので同人の印鑑をそえてお届けします。つきましては、同人が貴行との取引に関して当方の代理人として行った一切の行為についてはすべて当方が責任をおいます。」と記載され、当時の原告会社の代表者であったフォルクハート・インゲンホフのサインがなされていた。
また、同五〇年、原告会社の代表者がフォルクハート・インゲンホフからヘルマン・ムーライに代ったことに伴い、同年九月一一日、改めて松井を被告銀行との取引行為一切の代理人とする旨の届出が代表者変更届とともにヘルマン・ムーライのサインによって提出されている。その後、同五四年二月五日、松井の解任届が提出されるまでの間において右届出内容を変更するいかなる届出もなされていない。
以上の事実よりすれば、松井が原告会社より被告銀行との銀行取引一切をなす権限を与えられていたことは明らかである。
(二) 商法四三条の包括代理権
仮に、右主張が認められないとしても、松井は原告会社から経理部長に任じられたうえ、具体的に金銭の借入を含むところの経理業務一切を委ねられており、そうでなくとも経理部長の職に任じられた以上、当然、一般に経理部長たる商業使用人が客観的に有すると考えられる権限を授与されていたことになるというべきであるから、原告会社の経理に関する事項に関してはその委任を受けた使用人(商法四三条一項)として、一切の裁判外の行為を原告会社を代理して行う権限を有していた。そして、何が経理に関する事項であるかは客観的に判断されなくてはならないが、今日の企業体について言えば、金銭の出納、決算のみならず企業活動に係る資金の調達、運用及びこれに付随する業務であって、資金調達の一形態としての借入も当然これに含まれるものであり、松井は本件各消費貸借契約を締結すべき代理権を有していた。
(三) 民法一〇九条の表見代理
仮に、右(一)、(二)の主張が認められないとしても、以下に述べる事実に照らすと、原告会社は、被告銀行に対し、本件各消費貸借契約締結についての代理権を松井に授与する旨表示したというべきであるから、これについての責任を免れない。すなわち
(1) 前記(一)で記載したとおり、原告会社は、昭和四五年七月二八日及び同五〇年九月一一日の二度にわたり、松井を被告銀行との銀行取引一切の代理人に選任する旨の届出を提出している。そして、右届出には松井の権限に制限を加えた趣旨の記載は何らなされていない。
(2) 原告会社は、松井を経理責任者として原告会社の経理事務一切を取り仕切らせ、会社名のゴム印及び代表者印を常時松井の手許に置かせ、松井をしてこれを使用させ、手形の提出、裏書、被告銀行との取引においても預金の預け入れ、解約並びに手形の取立依頼などを行わせたほか外国送金依頼なども全て松井に行わせていた。現に、被告銀行は、原告会社代表者印の届出を受け、松井の振出した原告会社の支払手形の決済処理を一〇年余にわたり行って来ているが、これについてこれまで原告会社より何らの異議もとなえられたことはない。
(3) のみならず、被告銀行の虎ノ門支店は、原告会社と貸金取引を開始する約半年前の同五一年一二月二二日、松井より四億円の融資の申込を受け、同支店の担当者が原告会社を往訪して松井と面談し、資金使途、期間、条件等を聴取したが、その際当時の原告会社の代表者であったマンフレッド・ブーライクがこの席に顔を出し、松井が被告銀行との取引を担当していることにつき何ら疑問を抱く様子もなく、松井にまかせてあるから話を聞いてほしい旨申し出ていた。
(4) さらに、原告会社は、松井の入社以来同人に日常「経理部長」の名称を使用することを許しており、同人はその頃より「経理部長」の肩書において被告銀行その他の第三者に対し振舞っていた。
(5) 以上の事実によれば、原告会社は松井に「経理部長」なる名称の使用を許諾し、被告銀行を含む一般第三者に対し、松井に本件各消費貸借契約締結の代理権を与えた旨表示していたものというべきであるから、これに基づく責任を免れない。
(四) 民法一一〇条の表見代理
仮に、右(三)の主張も認められないとしても、原告会社は民法一一〇条による責任を免れない。すなわち、
(1) 原告会社は、昭和四五年七月二八日、被告銀行との取引に関し、松井に対し、少なくとも被告銀行への当座預金、定期預金、通知預金をすること及び右各預金を払い戻すことについての代理権(以下、預金代理権という)を与えた。
(2) 被告銀行は、本件各消費貸借契約締結当時、松井には右預金代理権のみならず右契約締結の代理権があると信じていた。
(3) そして、以下の事実に照らすと、被告銀行が松井に右契約締結の代理権があると信ずるについて正当の理由があった。
(イ) まず、原告会社は、前記のとおり、被告銀行との銀行取引に関し、昭和四五年七月二八日と同五〇年九月一一日の二度にわたり、松井を被告銀行との銀行取引一切の代理人として選任した旨の「代理人選任届」を提出していたが、右各届出には松井の代理権を一定の範囲に制限する旨の記載は一切なされていなかった。
(ロ) そして、原告会社の代表者は、日本語を解せず、被告銀行との銀行取引の折衝は、原告会社の内部においては、代表者の許可を要した場合があったとしても、被告銀行との関係では一切を松井が行い、しかも前記代理人選任届を除いてはその都度委任状その他松井の権限を証する書類を発行したり、被告銀行に連絡することなしに行われていた。
(ハ) これを被告銀行との関係でより具体的に説明すれば次のとおりである。すなわち、
原告会社と被告銀行との取引は、昭和四九年八月より同五一年四月までの間についていえば、被告銀行虎ノ門支店取引先係の平山善之(以下、平山という)が担当し、平山は原告会社の経理部長松井の電話指示によって麻布台の原告会社の本社に赴き、松井より当座預金、定期預金、通知預金等の預け入れのため現金等を預かりあるいは松井に対し右預金の払戻し手続を行っていたほか、受取手形の取立、外国送金等を依頼され、さらには原告会社の支払手形決済のための通知預金の解約等の銀行取引を松井との間で反覆継続していたのであり、平山の担当していた右銀行取引のうち、原告会社の受取手形の取立委任並びに通知預金の解約はすべて平山の面前において、松井が所持、保管していた原告会社のゴム印、代表者印を当該手形、通知預金証書に自ら押捺することによって行われていた。
(ニ) そして、被告銀行虎ノ門支店は、昭和五一年一二月一六日、松井より工場建設の資金として四億円の融資の申込を受けてこれについての交渉を行ったが、当初松井と平山が一対一で話し合っていたところ、途中より当時原告会社の代表者であったブーライクがその席に加わり、同人は、松弁より融資について報告を受けたうえ平山に対し「この件は松井部長に任せてあるから、後は彼と話してくれ」といい、結局、右融資に関する被告銀行に対する説明は全て松井が行い、原告会社の意思は原告会社代表者が同席しているか否かを問わず、全て松井を通じて被告銀行に伝えられていた。
(ホ) こうした状況は、原告会社と被告銀行の貸金取引が開始された昭和五二年当時も変らず、その当時、原告会社の代表取締役にはヘルマン・ムーライ、役員としてはマンフレッド・ブーライクが就任しており、右当時の原告会社の社員は一〇名で、その組織としては経理部と技術部があり、技術部は受注、下請に対する発注、工事の検査を担当し、人事に関する事項は代表取締役が管掌し、その余の業務は全て経理部において処理されていた。そして、経理部長には松井が任命されていて、同人は外部に対して「日本コッパース有限会社経理部長松井由雄」なる名刺を使用し、部下三名を擁して、原告会社の登録代表者印、社判(角印)、会社名、住所の印されたゴム判並びに日本コッパース有限会社常務取締役と刻された印鑑、さらには原告会社の受取手形、約束手形帳、小切手帳、預金関係の書類を部長席の近くに置かれた金庫に保管し、その鍵も自ら所持し、執務時間中これら印鑑、手形等を収納した木箱を同人の机に乗せて、原告会社の業務を執行していたものであり、松井のみが原告会社の代理人として被告銀行との折衝、その他一切の手続を行っていたのである。
(ヘ) しかして、被告銀行の原告会社に対する貸付は別紙貸付表貸付状況欄記載のとおりであるが(番号5、6、9が本件での貸付)その貸付金は全て原告会社に入金として、返済は同表番号1ないし4及び8の返済状況欄記載のとおり出金として、各々原告会社の当座勘定の「利用明細」に記載され、原告会社の代表者宛に送付されたが、当座の出入について原告会社より被告銀行に対し異議の申立等なされなかった。
また、被告銀行の原告会社に対する貸付金の返済状況は別紙貸付表の返済状況欄記載のとおりであるが、返済に当って同表番号1、2の貸付金については松井がそれぞれの返済金額に相当する額面の小切手を振出し、同表番号8の貸付金については原告会社の代表者マンフレッド・ブーライクが自ら署名した小切手を振出し、それぞれ原告会社の当座預金よりその都度引落し決済された。
(ト) さらに、別紙貸付表記載の番号1ないし6の貸付が行われた後の同五三年三月頃、松井は、被告銀行担当者の求めに応じて同五二年一二月三一日現在の貸借対照表及び損益計算書を提出したが、これには被告銀行よりの借入金残高として本件貸付の一つである二億七〇〇〇万円が記載されていた。
(4) 以上の事実によれば、被告銀行が松井に本件借入をなす代理権限があると信ずるのは当然であり、原告会社は民法一一〇条の規定による責任は免れない。
3 相殺の意思表示
被告銀行は、昭和五四年四月一六日付内容証明郵便をもって、原告会社に対し、前記1の各債権をもって原告会社の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をなし、該郵便は翌一七日原告会社に到達した。
《以下事実省略》
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因について
請求原因事実1、2の事実については、当事者間に争いがない。
二 抗弁について
A 貸金債権等との相殺
1 抗弁第1(一)ないし(五)の事実(松井が本件借入行為を行ったこと)については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると別紙貸付表番号9の昭和五四年一月二〇日の二〇〇〇万円の貸付は同年二月六日満期の定期預金を担保に貸付られたものであると認められることと弁論の全趣旨《証拠省略》の定期預金担保差入証に各一〇〇円の収入印紙が貼紙されている点参照)によれば、同(六)の事実(一〇〇円の印紙代立替払の事実)を肯認することができるというのが相当である。
2 そこで、以下、松井の代理権限等について判断する。
(一) 代理権の授与について
本件全証拠によっても、松井が原告会社から被告銀行主張のごとく本件借入についての代理権限を与えられていたものとは認められない。
もっとも、松井が原告会社の経理部長であったこと及び被告銀行主張の頃にその主張の各代理人選任届が提出されたことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右昭和四五年七月二八日に提出された代理人選任届には、その書面上松井を被告銀行との取引一切を委任する代理人として選任した旨の記載があり、右書面上の記載だけからいえば特にその代理権限の範囲が明確に限定されていないことからみて、右届出は松井に借入についても代理権を与えた趣旨のものであると解する余地も存するというべきであるが、《証拠省略》によれば、右代理人選任届提出当時原告会社は被告銀行と預金取引を行っていただけで貸借取引は全く行っておらず右届出もその預金取引に関し被告銀行の預金担当者に提出されたものであること、その後昭和五〇年九月一一日に被告銀行に提出された代理人選任届には原告会社主張のごとく預金取引に関して松井を代理人とする趣旨と解しうる文言が記載されているのみならず、原告会社としては、実際には本件借入をなすつもりは全くなく松井にそのための代理権限を与えたこともないことが認められるので、前記のごとき代理人選任届提出の事実があるからといって、松井に本件借入についての代理権限が与えられていたとはいえず、被告銀行のこの点に関する主張は採用できない。
(二) 商法四三条の代理権について
原告会社が松井を経理部長に任じたことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、松井が金銭の借入を含むところの経理業務一切を委ねられたことを認めるに足る証拠はなく(前記(一)の判示も参照)また、被告銀行は経理部長に任じられた以上、その者は、一般に経理部長たる商業使用人が有すると考えられる経理に関する事項一切についての権限を授与されたことになり、今日の企業体では当然に借入権限も右権限の中に含まれるものと解すべきであるとも主張しているが、当然に右被告銀行主張のごとく解するのは相当でなく、賛同できない。
結局、松井が本件借入について代理権限を有していたというためには、原告会社が松井に対し金銭の借入行為を委任しそのための代理権を授与したという具体的な委任授権行為が必要と考えられるところ、松井がこれを授与されていたと認めるに足る証拠はなく商法四三条に基づく主張も採用できない。
(三) 民法一〇九条の表見代理について
被告銀行は民法一〇九条の表見代理による原告会社の責任を主張するところ、原告会社が本件借入当時、松井を経理部長に任じていたこと、被告銀行にその主張のごとき代理人選任届を提出したことについては当事者間に争いがないが、右事実やその余の被告銀行主張の事実はいずれもそれ自体としては、いまだ当然に本件借入行為についての授権表示行為にあたるということはできないものであるから、この点に関する主張も採用できない。
(四) 民法一一〇条の表見代理について
《証拠省略》によれば、抗弁2(四)(1)(預金代理権)、(2)(被告銀行の措信)の各事実を肯認することができる(ただし、右(1)のうち預金についての授権があったことについては争いがない)。
そこで、以下同(3)(措信についての正当事由)の存否について検討するに、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。
(1) 原告会社は、昭和三五年一月一三日、資本総額二五〇万円、コークス製造設備等の製作販売及び運転等を目的とする有限会社として設立されたドイツ連邦共和国のクルップ・グループの子会社であり、本件借入が行われた昭和五二年当時、原告会社では代表取締役としてヘルマン・ムーライ、代表権のある役員としてマンフレッド・ブーライクが就任しており、その組織は経理部と技術部に分かれ、その下で社員一〇名ほどが働いていた。そして、技術部は受注、下請に対する発注、工事の検査を担当し、経理部は経理、庶務関係を担当し、松井他二名の者が同部に所属していた。
(2) ところで、松井は、昭和三八年原告会社に入社し、同四二年頃経理部長になったものであるが、原告会社は、同年五月一二日、当時取引のあった被告銀行有楽町支店に対し、松井を原告会社の代理人として被告銀行との一回の取引につき一〇万円を超えない範囲で手形、小切手及びその他の書類に署名する権限を与える旨の英字の通知を、右当時の原告会社代表者パウル・テルヴェルプの名でなした。
次いで、同四五年七月ころ、原告会社の取引先が被告銀行有楽町支店から同銀行虎ノ門支店(以下、被告銀行とは被告銀行虎ノ門支店を言う)に引き継がれたのに伴い、原告会社は、同月二八日、被告銀行の求めに応じて、被告銀行提供の用紙で松井の代理人選任届を同銀行に提出した。右代理人選任届には、当時の原告会社の代表者であったフォルクハルト・インゲンホフの署名があり、また活字で「当方は右記のものを貴行との取引行為一切を委任する代理人として選任しましたので同人の印鑑をそえてお願いします。」との記載があり、かつ松井の記名と署名(サイン)がなされていた。
さらに、同五〇年七月一五日、原告会社の代表者がフォルクハート・インゲンホフよりヘルマン・ムーライに代ったことに伴って、原告会社は被告銀行の求めに応じて、同年九月一一日、ヘルマン・ムーライの代表者変更届、通知預金及び定期預金の印鑑、署名(サイン)の届出とともに松井の代理権に関し預金口座に関する記載とともに「当社はここに右欄に表示するすべての者が当社の名において小切手、手形預金引出票に署名し、かつあらゆる取引を行うことを通知します。」と英文で記載された届出をなした。
その後、同年一〇月一六日、マンフレッド・ブーライクが原告会社の代表権ある常務取締役に就任したのに伴って、原告会社は、同月三〇日、被告銀行にマンフレッド・ブーライクの代理人選任届を提出した。
(3) 右いずれの届出がなされた当時も、原告会社と被告銀行(前記有楽町支店の場合も含む)との間には、当座取引、定期預金、通知預金がなされているのみであって、貸金の取引はなされておらず、松井が別紙貸付表番号(1)の借入を行った昭和五二年五月ごろまでの原告会社と被告銀行との取引は、原告会社が被告銀行に手形の取立委任や定期預金、通知預金をなし、さらに当座預金を組んで、原告会社の取引先に対する支払を手形、小切手を振出すことにより決済することを内容とするものであった。また、原告会社は、被告銀行に対し、当座預金に余裕があれば、それを定期預金、通知預金に振替え、逆に当座預金に資金不足が生ずれば定期預金、通知預金を取り崩して当座預金に振替えさせていた。そして、その手続は、原告会社の社内的には、松井が原告会社代表者の了解を得たうえで行っていたが、被告銀行との直接の手続はすべて松井がこれを行っていた。すなわち、松井は、当座預金から定期預金、通知預金への振替の場合には原告会社代表者のサインのある小切手を、通知預金、定期預金から当座預金への振替、定期預金の継続の場合には預金証書等をそれぞれ渡し、被告銀行の係員に指示してその手続を行わせ、その他被告銀行との交渉一切を行っていた。
(4) しかして、原告会社の経理部長である松井は、原告会社の経理担当の責任者として、右被告銀行との取引のほか経理事務、その他庶務一切を行ってきたもので、経理業務の内容としては、日常の会計処理の他原告会社代表者印、原告会社印、手形、小切手帳等を保管し、原告会社の毎月の支払についての一覧表を作成して原告会社代表者の決済を受けて、小切手による支払の場合には原告会社代表者のサインを得、手形による支払の場合には、自ら原告会社代表者の記名捺印をしたうえで取引先に振出すなどの支払業務を行っていた。また、松井は、その後、日常の支払につき、原告会社より二〇万円の範囲内で自己のサインで小切手を振出す権限を与えられるようになっており、さらに原告会社の代表者が不在などの場合には額面二〇万円を超える小切手(額面一〇〇〇万円を超える場合もあった)を自己のサインで振出して原告会社の支払いをなし、事後的に原告会社代表者の了解を得ることもあった。
また、松井は、昭和五一年一二月一六日、結局実行されなかったものではあるが、マンフレッド・ブーライクの指示の下に、被告銀行貸付係の平山に対し、原告会社のプロジェクトの概要を話し四億円ほどの融資を依頼したことがあり、その際、交渉の席にマンフレッド・ブーライクが顔を出して平山に対し、この融資の件は松井に任せてあるから松井と相談してくれと告げたこともあった。
(5) しかるところ、松井は、同五一年三月頃より、高谷鉄工株式会社社長高谷に融資するために原告会社代表取締役名義の手形を振出して、その資金を援助していたものであるが、同五二年五月三一日、原告会社の当座預金に資金不足が生じた際、被告銀行の預金担当係員であった橋本直樹(以下、橋本という)に対し、松井の手続の誤りにより当座に残高不足が生じたが近々資金が入る旨説明し、原告会社の定期預金を解約してこれにあてたい旨の意向を示したところ、右橋本から、定期預金を解約する代わりに被告銀行より短期の借入によって当座資金を埋めることを勧められ、松井はこれに応じて別紙貸付表番号1の借入を行ったが、この借入が被告銀行からの最初の借入であった。
右借入(別紙貸付表番号1)は、手形貸付、一時定担(担保とした定期預金をもって返済を予定する、従って貸付の時に定期預金証書とその払戻請求書の交付を受け、定期預金の満期日前に手形の期日を定める形での担保)の形でなされたが、右借入手続は原告会社の応接間で、松井が原告会社代表者の了解を得ないまま、原告会社代表者ヘルマン・ムーライの記名捺印のある金額四〇〇〇万円、支払期日同年六月二二日の約束手形、融資申込書、定期預金担保差入書、定期預金払戻請求書及び定期預金証書を橋本の求めに応じて同人に交付することによってなされ、右貸金は原告会社の当座預金に振込まれ、手形の決済に使用された。なお、右貸金については、その後、松井と被告銀行との間で同年六月三〇日の支払期日を同年七月二五日とする旨の合意がなされた。
(6) 同年六月三〇日、原告会社の当座預金に二〇〇〇万円の資金不足が生じたところから、松井はこれを補うため原告会社代表者の了解を得ずに、橋本との間で右(5)と同様の借り受け方法と手続を行って、被告銀行から二〇〇〇万円を借り受け(別紙貸付表番号2)、二〇〇〇万円は原告会社の当座預金に振込まれた。
(7) 同年七月三〇日、松井は、自己名義のサインで金額六〇〇〇万円の小切手を被告銀行に交付して右(5)、(6)の貸付金を弁済した。
(8) 同年九月二四日、橋本は、松井に対し、当時公定歩合の引き下げに伴い預金金利も下がることが決定していたことから原告会社が被告銀行に預金してある定期預金五三〇〇万円の満期が同年一〇月六日であり、満期後にその定期預金を継続する場合には預金金利が下がってしまうことになるのでこれに対処するため預金金利の下がる前に被告銀行から融資を受けて定期預金を作り、右一〇月六日に満期の来る定期預金で融資の弁済をする(これをダブリ定期という)ことを勧めたところ、松井はこれに応じて、手形貸付、一時定担の方法で橋本との間で手続を進めて五三〇〇万円を借り受け、新たに被告銀行との間で五三〇〇万円の定期預金を組んだ。そして、被告銀行は、同年一〇月六日、満期の到来した右定期預金で右貸付金の弁済を受けた。
(9) 同年九月三〇日、橋本は、原告会社の当座預金に資金不足を生じたのでこれを松井に連絡したところ、松井は融資を依頼してきたのでこれに応じ、被告銀行の貸付係と松井との間で、手形貸付、一時定担の貸付方法によって手続が進められ、被告銀行から別紙貸付表番号4の一億円の融資がなされ、一億円が原告会社当座預金に振込まれた。
(10) 松井は、同年一一月中旬ごろ、橋本に対し、取引先からの入るべき支払が延びているため三井銀行の月末の決済資金が一億円ほど不足するとの理由で融資を依頼し、これに対し橋本は被告銀行の貸付係の指示を受け、原告会社と被告銀行が今後継続的に貸金取引を行う意図の下に松井を原告会社に訪問した。松井は、同月二九日、原告会社代表者の了解を得ずに銀行取引約定書、融資申込書等に代表者の記名捺印をし、さらに二億円の約束手形、代表者の印鑑届を交付し、金二億円の融資(別紙貸付表番号5、抗弁第1項(一)の本件消費貸借契約)を受けた。そして、そのうち一億円は右(9)の貸金に同日弁済され、残り一億円は原告会社の当座預金に振込まれた。
(11) 同年一二月一日、松井は原告会社代表者の了解を得ずに、橋本に対し、三井銀行の決済資金が七〇〇〇万円狂ったので、七〇〇〇万円定期預金を取崩すか、追加の融資をしてほしい旨依頼し、松井と被告銀行との間で右(10)と同様の貸付方法と手続で金七〇〇〇万円の融資(別紙貸付表6、抗弁第1項(二)の本件消費貸借契約)が行われ、原告会社の当座預金に振込まれた。
この当時、原告会社の被告銀行に対する預金高は、二、三億円以上であった。
(12) 同年一二月二六日、松井と被告銀行との間で右(10)、(11)かの貸金を金額二億七〇〇〇万円の約束手形に書き替え、以後も手形の書き替えが行われ、最終の書き替えによる手形の支払期日は昭和五三年一二月三〇日となった。
(13) 同五三年三月三一日、松井は、原告会社代表者の了解を得ずに、被告銀行取引先課長平林泉(以下、平林という)に対し、三井物産振出の額面一億六〇〇〇万円の約束手形の割引依頼をし、被告銀行はこの手形を割引いた(別紙貸付表番号7)。被告銀行は同年五月一日右手形により返済を受けた。
(14) 同年三月末ころ、松井は、被告銀行に対して、被告銀行から借入があったことを示す昭和五二年度(昭和五二年一月一日から同年一二月三一日)の損益計算書、貸借対照表を作成し、交付したが、これには被告銀行からの本件借入金二億七〇〇〇万円が記載されていた。
(15) 同年四月一五日、松井と平林の間で、原告会社が当時有していた債券等の余裕資金二〇数億円に関して右債券の返済期日前に公定歩合が引き下げられることから、これに対処するため被告銀行より一時融資を受けて金利引き下げ前に定期預金を組み、返済期日経過後に回収された余裕資金で被告銀行からの借入金の弁済を行うことが話し合われ、原告会社代表者の了解のもとに松井は平林との間で手形貸付の方法で一一億八〇九五万七三一円の借入(別紙貸付表番号8)をなし、原告会社は被告銀行に一一億八〇九五万七三一円の定期預金を組んだ。そして、右貸付金は、同年四月二四日、二八日、松井が原告会社代表者のサインのある小切手を被告銀行に交付することによって返済された。
(16) 同五四年一月二〇日、松井は、原告会社代表者の了解を得ずに、被告銀行に対し、定期預金を解約するか二〇〇〇万円ほど融資してほしい旨の依頼をし、松井と被告銀行との間で手形貸付、定期預金担保の形で貸付(別紙貸付表番号9、抗弁第1項(五)の本件消費貸借契約)がなされ、原告会社の当座預金に振込まれた。
(17) 被告銀行は、毎月当座預金の出入を記載した利用明細表を原告会社に送付していたが、松井は、原告会社の銀行勘定元帳に一致するよう利用明細表を作り替えて、原告会社に備え置いた。
そこで、以下、右認定事実に照らし、本件借入について正当事由の有無を検討するが、右各借入は別紙貸付表記載の各借入の一部であり、本件借入についての正当事由の有無をみるについては、松井が行った本件借入に先行する借入の状況、経緯等が重要な判断要素になると考えられるので、右貸付表記載の各貸付について、順次、これを検討することとする。
そこで、まず、右貸付表番号1の借入についてみるに、右借入は、原告会社の当座預金に不足が生じた際、松井が定期預金を解約してこれに充てたい旨申出たのに対し、被告銀行の担当係員がむしろ定担の方法により、短期借入を行ってこれに充てた方が原告会社に有利であると判断してこれを勧めた結果行われることになったものであり(前掲橋本証人の証言)、松井の方から不自然な状況で借入の申込みがなされたものとは認められないこと、そして、松井は右当時原告会社の経理部長として経理事務全般の手続を行っていたものであり、これに先立つこと約五か月前の昭和五一年一二月、原告会社が被告銀行からの借入を検討した際には右当時の原告会社の代表者と同席したのみならず、むしろ、右代表者から被告銀行の係員に対しその借入手続については松井にまかせてある旨の説明がなされていたこと等の事情を参酌すると、被告銀行において、松井が原告会社から別紙貸付表番号1の借入をなすについても代理権限を与えられていると考えたとしてもあながち不自然ではないというべきである。
もっとも、それまで原告会社が被告銀行から借入を行っていなかったことは前示のとおりであり、それまでに被告銀行に提出されていた松井の代理人選任届はいずれも前示取引の実態に照らすと、預金取引に関するものとして提出されたものと認めるのが相当であるが、それとても、貸借取引については一切松井に権限を与えない旨を積極的に表示したものではないことも明らかであり、前示のとおり松井が借入手続について関与した事実も存することに徴すると、右代理人選任届を預金取引に関するものとみるべきことは、前示判断の妨げになるものではないというべきである。
また、原告会社は、右最初の貸付をなすにあたって被告銀行としては、必要書類の徴求、借入意思の確認、借入能力確認資料の徴求等の手続を行うべきであった旨主張するところ、《証拠省略》によれば、銀行取引の実務手引書等において、一般的に新規の貸付を行うにあたっては原告会社主張の諸手続を行う必要があると説かれていることは原告会社主張のとおりと認められ、かかる手続を確実に履践することが至当の措置であることは当然であるが、別紙貸付表番号1の貸付が前示のごとく松井の希望というよりむしろ被告銀行係員の勧奨により行われるに至ったものであり、しかもそれが極く短期間の定担融資であったという右貸付の経緯と態様及び経理部長という松井の原告会社における地位と右貸付に至るまでの原告会社と被告銀行の取引において松井が果してきた役割等の具体的事情を考慮するならば、被告銀行が松井に右借入を承諾する権限ありと考えて処理したとしても無理からぬものがあり、右貸付の際に被告銀行が原告会社代表者に対して直接借入意思を確認しなかったことや原告会社の借入能力を確認するため原告会社の定款を徴収することを怠ったことをもって被告銀行の過失であると断ずるには、なお躊躇されるものがあるといわざるを得ない。
原告会社は別紙貸付表番号1の貸付の際巨額の定期預金があるから松井の借入について疑問を抱くべきであったと主張するが、前記右貸付の際の状況を考慮すると、被告銀行が右疑問を抱かなかったことをもって不自然とはいえず、また、原告会社は右の貸付が原告会社にとって、経済的見地からみて不利であり、かつ不利であることを被告銀行に知らせるべき義務があったというが、右貸付の状況の下では一概に不利とは断じえない。
そして、その後の別紙貸付表番号2以下の各貸付がなされるについても、特に不自然で松井の無権限を疑うべき特段の事情があったとは認められない(但し、同表番号8の借入は原告会社代表者の承認のもとに行われた正規の借入である)。
もっとも、同表番号5、6の貸付については、当初の約束どおり返済されず、返済期日が数回にわたって変更されているが、右借入金は、被告銀行が松井に求めて提出させた貸借対照表、損益計算書に借入残金として記載され、被告銀行が行った原告会社に送付した照合表に対して原告会社から格別の異議申出がなかったことからすれば、右は松井が関係書類に虚偽の記入をなしあるいは文書を偽造したりして巧妙に操作した結果であるにせよ、これについて疑問を抱くべき具体的事情があったと認められない本件の場合、被告銀行が、一応、これを真正なものと信じて処理したことをもって不注意であるということはできない。
原告会社は、被告銀行が本件貸付のうち金二億円(別紙貸付表番号5)、金七〇〇〇万円(同番号6)の貸付について担保を徴収しなかったことを正当理由を欠く事由として主張するが、貸付の際に担保をとらないことは被告銀行が損失を招く恐れがあることを意味するが、当然には、正当の理由を欠くべき事由にはならないというべく、原告会社の右主張は採用できない。
また、原告会社は、前記番号8の正規の借入が行われた際、原告の代表者に対し、前記5、6の貸付が未決済である旨通告すべきであったというが、前記のとおり松井の操作によるものとはいえ上記のごとき計算書類が提出され、それまでの残高照合に対してもあえて異議がなかったことを考慮すると、この点において被告銀行のみを問責するのは相当でない。
以上、要するに、被告銀行としては、原告会社が被告銀行に多額の定期預金をしていることに心を許し、いささか安易に貸付を行ったきらいがないではないが、既に判示したような具体的な取引状況に徴すると、被告銀行が松井に前記各借入をなす権限があると考えたことにも相当の理由があるというべく、被告銀行が松井の無権限を知っていたとか知らなかったことにつき重大な過失があるというのは必らずしもあたらないというのが相当であり、被告銀行の民法一一〇条の表見代理の主張は理由があるというのが相当である。
3 抗弁第3項の事実(相殺の意思表示)については当事者間に争いがない。
三 再抗弁について
1 原告会社は、表見代理の成立により、原告会社が被告銀行に対して本件借入行為によって債務を負担した場合、被告銀行がそれと相殺に供するには、相殺時にも被告銀行が松井の代理権の存在しないことに善意、無過失であることを要するというが、そのように解すべき必然的理由は認め難く、原告会社の右主張は採用できない。
2 また、原告会社は、民法九三条の類推適用をいうが、被告銀行が、本件借入が高谷のために行われるものであることを知っていたか、知らなかったことにつき重大な過失があるといいえないことは前示のとおりであるから、右主張も採用できない。
3 さらに、原告会社は、被告銀行が相殺をすることをもって権利濫用ないし信義則違反というが、本件全証拠によっても、そのように断ずべき事情は認められず、右主張も採用できないといわざるを得ない。
四 以上のとおりとすると、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上野茂 裁判官 加々美博久 裁判官畔柳正義は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 上野茂)
<以下省略>